2017/04/28

平凡を装う有名店~波記燒臘粉麵店

こう見ても既に開業50年、地元に知る人ぞ知る老舗、

ミシュランにも認定されたのに、

店頭先はかなり控えめ的にあまり強くアピールしなかった。

味の自信に満ち溢れてる表現でしょうか、


開業当初は大牌檔だったが、

今は大通りに地味で営業しています。

店内は常にこの混雑ぶり、

合席覚悟なら、なんとか座れました。


壁はメニュー以外、余計なものが一切貼り付けません。

そして、値段に注目してください。

今どきの西環でこの価格設定、かなり良心的ではありませんか?

麺屋でありながら、ここではご飯でも提供します、

麺かご飯がギリギリまで悩んでもよいみたいですね。


『焼味』を売りにしているが、

アヒル(鴨)とガチョウ(鵝)が名物です。

店内に見渡せた限り、この二種類の名物を頼んだ人が半分以上占めています。

食通なら、絶対『モモ』を注文するという記事を勉強しといたにも関わらず、

既に売り切ったという残念なお知らせが耳にしました。 


結局、普通の『燒鴨瀨粉』(アヒルのライスヌードル)にしました。

それにしても持って来られた瞬間がびっくりした、

アヒルがお碗の表面を埋めるほどたっぷり上、

それぞれの肉がしっかりついていて、

視学的にも大満足でしょうね。


一般の『焼味』レストランや麺家なら、

焼味の味ばっかり重視される以外、

スープベースもこだわりがあるみたい、

カレイと蝦シェルで長時間かけて煮込んだもの、ごくがあります。

ちなみに、エビワンタンの中身はぷりぷっりのエビが入っていますよ。


食事途中、

シェフが裏に焼き工場と店内に往復したりて、

名物が「鮮度」 を保ったまま店頭に並ばせる努力が惜しまないです。



並ばせたら、またすぐなくなるというサイクルが早くて、

営業時間より早く売り切ったら、

さっさとお店を閉めた場合もあるみたいです。

味わいたい方は午後の手前時間に来るのをおすすめです。


住所:西環皇后大道西425號P舖地舖
営業時間:1130~2000(月~土)、定休日は日曜日(法定休日なら営業)

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2017/04/24

懐かしき団地シリーズ~葵盛西邨

団地マニアにとって、すっかり名物になってる『興華二邨』ですが、

香港ウンチク話さんからのブログ記事にもその全貌が堪能できます。

今度ご紹介する団地がまさしく『興華邨』の兄弟であり、

香港内にはこのような奇妙な建築群が見れるのが二箇所のみ、

柴湾以外は葵涌地区にある【葵盛西邨】です。


【葵盛西邨】は『興華二邨』とほぼ同時期の1977年に完成された、

巨大建築群に【葵盛西邨】のほか、【葵盛東邨】も存在します。

興華二邨』のすぐ隣に興華一邨』があるという構成までまるまるかぶり、

山の斜面に沿って建築されるまでそっこりです。

大きく異なる点と言えば、

お互い団地の一番見所~外壁に付いてる共用通路でしょうか。


10棟から成り立つ【葵盛西邨】を歩き回るには時間かかるため、

今回は最も特別な6番、9番の棟を絞って探索して来ます。

【葵盛西邨】まで辿り着くにはバスかミニバスという手段しかありません、

終点下車にしたら、ちょうど6番と9番の棟の間であり、

団地内の表示で従えば、すぐみつかるはず。


終点のバスターミナルの位置は山腹であるため、

登ることなく、そのまま9番の棟に目指したら、

すぐあの外壁に張り付けてる通路らしきものを発見しました。

写真の奥に通路に直結するエレベーター塔が見れます。

山麓から帰って来る住民たちがそこのエレベーターを利用して、

外壁の連絡通路を経由すれば、さらに高い位置ある棟に移動できます。

どのぐらい高いかエレベーター塔へ行く途中の道から下に見下ろしてみる、

山の岩に密着しながら建てられてる建物、

しかも多く人住まれてる公共団地です、すごくありませんか?

香港の狭い土地が如何に有効利用かのよい例が示されています。


外壁の連絡通路に沿って進みながら、

付近の風景が眺めることができます。

あのプール群は公共施設ですが、

【葵盛西邨】に所属されることではないです。


山麓へのエレベーターの前に着きまして、

いきなり扉が開いてくれて、前後のも前回することが予想外です。

ボタンは※5(5F)、18階の2つだけ、

※5はなんで※付くだろう、今でも謎です。

※5を一度押したらが、やはり山麓に行くのをやめた、引き返した。



住民ではなくても、ここまでの出入りが制限されることありません。

お昼では行き来する人が途切れることもなく、

他所からの人から混じっても違和感ありません。


再び、バスターミナルに戻って、

さらに高い位置の9番の棟を目指して行きます。

途中にこんなユニークなデザインも見れます。


9番と6番の棟の間はこの8番が挟まれています。

振り返って見ると、典型的な団地風景が目に入ります。

最大限の美しさが引き出されていますね。


6番の棟の空中通路に行くために、

登るエレベーターを使用しなければなりません。

先ほどご紹介したエレベーターで、18のボタンを押しました。

一瞬で18階に着きまして、すぐここから眺める景色を確認しました。

写真の右奥には9番の棟が見れる、葵芳の近辺が一目瞭然です。


そもそもこの空中通路は9番の棟の住民だけのためではなく、

山頂に近いそれぞれの棟の住民のためにもなります。

それ以外の棟への道が通路によって、繋がれています。

ここからも1、3、4、5番号の棟が目の前です。


本棟の18階からでも、

香港名物の干し竿とその洗濯物が間近に見れます。


通路に一箇所だけ気になってる、

柵が18階の通路に直結する部分のところに付けられています。

話による、本来は一般的な団地部屋をする予定でしたが、

さすがに干し竿が刺せないし、大きな窓を作るわけにはいかないだろう。


住民しか入れないところも柵が付けられ、

入口にパスワードを入力しなかったり、間違ったりすると、

ロックが開けてくれません。

パスワードがわからないわたしからは柵通しの一枚しかできませんでした。


とてもとても長い廊下ですが、

人の気配が全くない時に、意外と妙な恐怖感が漂っています。

空中通路が一通り歩き回ったら、団地内の一番人集まるモールに戻ります。

これだけの古い団地であって、商店もレトロ感が染まられています。

タイムスリップされるワンシーンの発見が決して難しくありません。



歴史ある団地と言えば、

この二階建てバスでも抜けれるトンネルの作りの存在です、

バスマニアから【凱旋門】と命名しました。

香港内にわずか数箇所が取り残されてるだそうです。

【葵盛西邨】の【凱旋門】はそのうちの一箇所で、貴重な作りとも言えます。



こうした変わった作りの団地が興味深いですね。

昔なら、低収入の家庭しか住まないというイメージが強かったが、

以前住んでた家庭が高度経済成長期のおかげで、

団地生活から脱出できたが、

時を超え、新たな入居されてる住民たちが果たして脱出する日があるだろう。


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2017/04/21

尖沙咀が秘められた過去

観光客で一番賑わってるエリアの一つと言っても過言ではない、

尖沙咀』(チムサーチョイ)が香港の初心者とって、

初めて知った地名かもしれません。

今使用されてるあの漢字は当たり前でしたが、

本来は違うのをご存知ですか?

今のように定着されたのが恐らく地下鉄の開通のおかげでした。


遡って約500年前、

明王朝の広東省の物事や風習などを記載する「粵大記」による、

既に尖沙咀』の地名が明記されていますが、

ただし、尖沙咀』で書くではなく、尖沙』で記載されています。

(写真:wikipediaより)

当時この辺りの地形が現在のと大きく異なり、

ペニンシュラではなく、シェラトンでもなく、

新名所旧跡として注目を集めてる【1881Heritage】の目の前には海でした、

以前も紹介した【訊號山花園】までの海岸は浜辺でした。

(写真:wikipediaより)

この写真で奥の山は今【訊號山花園】の所在地の山です。

撮った場所はまさに今【1881Heritage】の辺りでしょうか。

この突き出した地形が鋭い両類地形が鋭く鳥類の「くちばし」に似てるため、

尖沙』を名付けるようになりました。

(写真:wikipediaより)

当時の地形は上記の写真のようです。

お分かりでしょうか?



日頃、ほとんどの人が尖沙』という書き方しか覚えていませんが、

街中にも尖沙』の存在が発見できます。

代表的な場所は何と言っても「尖沙嘴浸信會」ですね。

皆さんが見かけたことがありますか?



香港人でも『咀』は『』の同義語の簡体だと思われていますが、

そもそも発音がまったく同じの二文字ですが、

』は名詞、『咀』が動詞だそうです。

』は先ほど話したよう鳥類のお口辺りに指していますが、

『咀』はそしゃくの意味であります。

今になって、両者も使われています、『咀』の方が現代的な感じです。


尖沙』以外、

実は『大角』にも過去の地名が秘められてる証拠ががあります。

果たしても同様な地形による命名かどうか調べてみたが、

具体的な説明など一切出て来ません。

地元に聞くしかありませんね。

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2017/04/17

正真正銘の客家料理~東江大飯店

香港に最盛期の客家料理のお店が全部で約160軒もありました。

それは戦後、広東省の恵州辺りから逃げ出した人たちですが、

香港のあらゆる住み込むようになったおかげでした。

特に新界地区、中で荃湾に有数の客家村があるとして有名です。

高度経済成長期の荃湾人口が爆発的な増加と伴い、

工場に地元と他所からのワーカーたちの数も急上昇、

生み出した客家料理に対するニーズに’応じるように

まだまだ田舎頃の荃灣でも8軒が現れました。

時代が変わり、荃灣もあの工場だらけの街ではなくなり、

次第に客家料理のお店も消えて来ます。

今回ご紹介するお店は唯一取り残されてる中堅~東江飯店です。


1977年開業されて、一回の内部リフォームをしたものの、

内装は昭和レトロな味わいのある空間が依然健在です。

本当にリフォームしたか疑われるかもしれません。

老舗の証になる二階への階段がありますが、当日行くことなかった。


訪れた日が夕方6時前ため、テーブルはまだ埋まっていません。

わりと大きな円卓しかないので、一人や二人は不向きと思われるが、

実際二人だけ来て一テーブルを囲む光景も見ました。


メニュー内は多少写真付いてあります。

言葉のわからない観光客にはありがたいです。


大勢だから、いろなも頼めるのがよいと思いながら、

一つの品もかなりボリューム満点のため、

大人六人でもこれぐらいオーダーストップしなければなりません。

お店の不動の定番メニューはもちろんもれなくお願いしました。

それは写真のど真ん中の【四喜大拼盤】、

生炒骨、炸大腸、炸春卷、椒鹽鮮魷が含まれてる盛り合わせです

すなわち、生揚げ春巻き、中華風いか唐揚げ、揚げ豚の腸と酢豚です。

奥にある【鹽焗雞】(塩鶏の丸焼き)も外せないです。

右下にあるのも客家調理方を使用した【燜三仙】、

めた椎茸、アヒルの水かき、牛の髄骨をスープで煮込んだ逸品です。

代表中の代表の【梅乾扣肉】(豚肉と漬け菜の蒸し物)は頼みませんでした。


wikipediaにも紹介されるように、

客家人が流転の多い生活によって

携帯や保存の利く漬物、乾物、燻製をよく利用することが多いみたいです。

また、昔から客家人の肉体労働者が多くて、

労働での発汗による塩分を補給して体力を維持するため、

脂こく、塩辛く、濃い味付けが多いとのことです。

勤勉で節約家の気質を持つ客家人ですが、

皮、脳髓、内臓など等、毛以外はすべて食べるし、

そのためにさまざまな料理方が発達されています。

このお店が忠実に客家料理の真骨頂をみせつけてくれました。


お店が現在二代目から三代目に世代交代してるところで、

地元以外、新たな若いお客さんも愛されたいために、

健康志望のニーズに合うカルダモンオイルを使用するようになります。

老舗はずっと固く変わらないことないが、よい方向への進化が見えています。


最近頃お店が立地してるビルが工事してるため、

正面な写真が撮れませんでしたが、

顔を仰向けにしたら、あのキラキラ輝いてる看板が見えるはず。

真の客家料理を味わいたいなら、ぜひ、訪れてみてください。


住所:荃灣沙咀道290號地下
営業時間:1115~2230(月~日)

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